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パンダウサギのうきちゃん

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私が小学生のころ家でウサギを一匹飼っていました。「ダッチ」という品種で、白と黒の毛並みから通称「パンダウサギ」ともいわれているうさぎです。妹の通っていた幼稚園でうさぎが子供を産んだので引き取ってもらえる家を探しており、妹が母に頼み込んでもらってきました。引き取りたいと申し出た園児は何人かいたようですが、幸いなことに我が家には小さな庭があり、うさぎを庭で遊ばせられるということが引き取り者当選の要因だったようです。

そのウサギには「うきちゃん」と名前を付け、毎日近所の友達とも一緒に庭で遊びました。いつもは日曜大工なんかしないサラリーマンの父も、軒下に木材と金網で小さなウサギ小屋を作ってくれました。椿の木の下がうきちゃんのお気に入りの場所で、ちょうど自分の体ほどの大きさのくぼみを掘り、お腹をぴったりその穴にはめて涼むのが好きでした。

ある年の夏の朝、いつも通りウサギ小屋を見に行った母が、うきちゃんがいないことに気づきました。小屋の側面の金網が食い破られていたのでどうやらそこから逃げ出したようでした。その日は朝から一日探したものの、暗くなるなるまで待っても帰ってきませんでした。お腹がすいたら帰ってくるわよと言っていた母も、もしかしたら交通事故にあっているかもしれないと言い、妹も私も心配しながら眠りにつきました。

次の日の朝、母からとなりの畑で元気に跳びまわっているうきちゃんを見つけ父が捕まえているところだと聞きました。広くて囲いのない畑でどうやって捕まえるか苦戦しているようでした。しかし、うきちゃんは母の言った通りお腹が空いていたのか、四苦八苦する父を軽やかに撒いて、ごはんが準備されていた小屋の中に自分から帰ってきました。

味を占めたのかこの後も何度か脱走し、1日2日したら帰ってくるということを繰り返しました。金網を二重にするなどウサギ小屋の改善を父がしていましたが、それでも夜のうちに頑丈な歯で食い破ってしまうようでした。脱走癖のあるうきちゃんでしたが、運がよかったのか交通事故などには一度も会うことがなく長生きしました。

うきちゃんとの思い出を思い返してみると、視覚的な記憶がすごく鮮明に残っているように思います。庭に生えている四季折々の草花のことや、うきちゃんを追いかけていた父や友達の後ろ姿など、普段は気にも留めないようなものがうきちゃんに紐づいて記憶されていました。うきちゃんが好きだった草が庭のどこに生えていたかまで覚えています。犬や猫のような親密なコミュニケーションはとれませんが、ウサギを通じて過去の詳細な記憶が引き出されたことに驚きつつ、うきちゃんがあの時の自分にとってとても大事なものだったのだとあらためて感じました。

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最終更新日:2017-02-07 20:49

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